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『僕は体が臭い』 第一章



「咳き込んだ… ほらまた咳き込んだ……」

仕事帰りに本屋を歩いていたら、いつもの現象が起きた。
週刊誌を立ち読みしていたサラリーマンは咳き込み、ギャル系の女性は露骨に口元を押さえながら通り過ぎた。
慣れているとはいえ、つらい…。


僕の名前は 平井 素史(もとふみ)、28歳。
地元の小中高を出て、仕事を探しつつアルバイトをしているうちに小さな飲食店に定着してしまったフリーターである。
今はそこで主にハンバーグを焼いている。

僕は立ち読みしたかった本を棚に戻しつつ、本屋を出た。
最近の僕には悩みがあった。それは“体が臭い”ことだ。
特に仕事帰りなど汗をかいた後に人混みに入ると、もれなくさっきのようなことになる。

昔はほとんど気にならなかったが、20代半ばを過ぎてから体臭がきつくなった。
もちろん出勤前はシャワーを浴びて出るし、一日二回は肌着を変えているし、デオドラントスプレーやボディシートも常用し、匂いには人一倍気を使っているつもりだ。
だが、臭いものには蓋をしても臭いらしい。

元々親父がワキガだったから遺伝もあるだろう。
病院に行こうとも何度も考えたが、手術とかなってもお金ないし、仕事あるし、結局行かずじまいに終わっているというのが現状だ。
それにさっきから言ってることと矛盾してるが、僕はそんなに臭くない。


においってのは「臭い←→臭くない」とのベクトルの他に「合う←→合わない」の相性もあると僕は思ってる。
例えばダウニーはいい匂いかもしれないが、一部の人は咳き込むぐらい苦手な人もいる。
僕の臭いも同じようなものだ。
合う人には何にも反応されないけど、合わない人には3m離れていても咳き込まれる。
これまでの経験則でいうと、特に若い女性に多い。

だから、いつしか僕は電車とかエレベーターとか人混みを自然と避けるようになっていた。
不特定多数の中では、自分のにおいが誰に合わないのかなんてわからない。
“自分が臭っているかもしれない”という恐怖は相当なものだ。
そして案の定誰かが咳き込むと、自分の存在自体が害悪な気分になる…。

自意識過剰とか気のせいと思う人もいるかもしれないが、実際僕が歩いていると周りの人が咳き込んだり、口を押さえたりする。
そういう光景を日常的に経験していると、とても偶然の産物とは思えなかった。
ちょっとこの気持ちは同じ境遇の人にしかわからないかもしれないが…。


そんなこんなで、少しムシャクシャした気持ちで僕はアパートの自室に帰ってきた。
シャワーで汗と不快な気分を洗い流す。
テレビを適当に流しながら、店の残りのハンバーグを温め、パクつく。

肉類が体臭に悪影響なのはわかっている。
でも、廃棄のハンバーグを捨てるのはもったいないし、食費も浮くし、体臭以外のことならいいことずくめなのだ。
結局なんだかんだ言いながら、現状に甘んじている自分が情けない…。

「あーー やめたやめた!!」

僕は床にゴロンとなった。
考えてもしょうがないことを考えてもしょうがない。
気晴らしにゲームでもするか…
最近ハマっていたゲームアプリにもそろそろ飽きてきたし、なんかおもしろいアプリないかなぁ…と漠然とスマホの画面をスクロールしていると、変なアプリを見つけた。

「体臭改善アプリ?」

白い背景にオレンジで鼻の絵が描かれたアイコン。
気になって解説を押してみた。

『自分の臭いは自分ではわかりません。このアプリはあなたの体臭を客観的に測定し改善します。それはあなたの生活をよりエキサイティングにします。副産物として、社交的になり、性格を明るく、自信を持った毎日…』と書かれていた。

たしかに自分の臭いは自分ではわからない。
新車のにおいと同じく、鼻はだんだん周囲のにおいに慣れてしまうものらしい。
当然一番近い自分の体臭には一番先に慣れてしまう。
自分でわからないこそ、体臭問題は難しい…

たしかにそこは正論なんだが…なんだこの明らかに外国語を機械翻訳したような文章は!
あからさまに怪しい… もしかしてダウンロードしたら勝手に端末の情報を抜き取られるアプリじゃないのか? どっかの中国の詐欺グループが作った。
レビューを開いても誰もつけていなかった。
だいたいスマホに臭い感知機能なんて無いのにどうやって測定するんだ!?

あまりにも怪しすぎるので、おもしろ半分でダウンロードしてみた。
幸い僕のスマホにはウイルス対策ソフトが入ってるので、怪しいアプリだったらすぐ削除すればいい。
ダウンロード終了… ウイルスチェックは問題はなさそうだ。
アプリを立ち上げると、黒画面にシャッターマークが表れた。

「カ、カメラ?」

どう見てもカメラアプリにしか見えなかった。スマホを動かすと、画面の中の自分の部屋も動く。右下には『測定者を選んでください』と表示されている。他にアイコンやオプション項目はない。いたってシンプルな作りだ。

「測定者って…」

とりあえず自分を撮ってみることにした。
なんだよこれ!内カメラにできないのかよ!
しょうがないので手首のスナップを効かせて無理矢理シャッターを切る。
カシャ!と小さく鳴った。あ、あれ…? 何も変化はない。画像フォルダを見ても写真は残ってない。
なんだこりゃ、体臭測定どころかカメラアプリにすらなってないじゃないか!
あーーあ 時間の無駄だった……




\リリリリリリリ…/

翌朝、スマホの目覚ましアラームで起こされた。
洗面所で口をゆすぎ、菓子パンを口に放り込みながら朝のニュースをチェックする。
歯を磨き、髭を剃り、シャワーを浴びる。
特に匂いが発生しやすい脇や耳の裏は石鹸をつけて念入りに洗う。
ボディシートは持った、タオルと着替えの肌着は詰めた…よし!
僕は家を出た。

自宅から職場まで車で15分。
電車やバスなど密閉空間の乗り物を使わなくていいのが幸いか。
郊外から外れた、地方都市ならどこにでもあるショッピングモール、そこが僕の職場だ。


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職員用の駐車場に停め、車を降りる。
この建物には職員用の入り口もあるが、かえって遠回りになるため、僕はいつも一般客と同じように正面ゲートから入ることにしている。
中に入ると、心地良いエアコンの風が火照った体を癒してくれた。

「おはようございます♪」

途中、一人の女性が僕にあいさつしてくれた。


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エントランスで案内係をしてる川原さんだ。
口紅で彩られたやわらかそうな唇、流れるような髪、すらりと伸びた脚…。
その笑顔を向けられて、頬が緩まない男性はいないだろう。

「おはようございます」

平静を装いつつ、僕もあいさつを返す。
いつも若い女性には咳き込まれがちなので、分け隔てなく接してくれる態度がうれしかった。
もっとも、うちの店はまだ開いてないけど一部の店は開いてるので、僕を客だと思ってのことかもしれないが…

彼女を初めて見掛けたのは2年前だった。最初は女子大を出たばかりのお嬢さんという感じだった。
その後、案内係の先輩の女性の指導の元、メキメキ成長していった。根が素直で真面目というところも大きいだろう。
育ちが良いのか、少し天然(?)なところがあって、それが老若男女に受け入れられてるみたいだった。

淡い恋心がないといえば嘘になるが、美人で優しくて若い川原さんと、小太りで収入低くて三十路近い僕とでは月とスッポン、美女と野獣なのはわかりきっていた。下手に恋して傷つくよりも、何もせずに眺めていたほうがいい。
実をいうと「川原さん」という名前も、先輩の案内係が彼女をそう呼んでいたのをたまたま耳にしていただけで、下の名前すら知らない。
それでも、毎朝彼女を見れることが心の清涼剤になっていた。


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通り過ぎる時に、ふわっと花の香りがした。
比喩ではなく、本当に花の香りなのだ!
もちろん香水か何かだと思うけど、元がいい香りじゃなきゃ絶対あんな風にはならない!
いいなぁ、僕もあんないい香りのする美人だったら人生イージーモードなのになぁ。


うちの店はエスカレーターで2階に上がって通路を進んだ、やや奥まったところにある。
木を主体にしたレトロ調の雰囲気のお店である。

「おはようございます!」

大きな声であいさつする。あいさつは大事だ。日本人はあいさつを大事にする。逆にあいさつさえしとけば余計な面倒には巻き込まれない。

「やぁ、おはよう」

客席で書き物をしていた店長が返してくれた。
店長は白いあご髭に、丸眼鏡を掛けた老紳士といった具合だ。実際、物腰は柔らかく、馴染みの常連客も多い。
元々この場所で店をやっていたが5年前にショッピングモールができてからこっちに移った、この道何十年のベテランだ。
ただ、機械には疎いらしく、スマホ・パソコンのこのご時世になっても鉛筆と電卓で帳簿をつけている。


店長の様子をうかがいつつ、僕は更衣室に入った。
壊れた調理器具やら前に働いていた人の靴やら散乱している。
更衣室というより、物置の空いたスペースで着替えている気分だ。

僕は白いコック着を着込んで厨房に入った。
パートの近藤さんと一緒に食材を仕込む。
小さな店なので、基本的に昼は二人で回している。

たまに床屋とかで職業を言うと「ハンバーグを焼けるなんてすごい」と言われるが、実際はたいしたことない。
一応チェーン店なので、食材もレシピも送られてくるし、要領のいい大学生なら一ヶ月で覚えられるだろう。
あとはルーチンワークをこなせるかだ。

「今日のランチは照り焼きか…」

隣で近藤さんがサラダを仕込んでいた。
近藤さんは移転前から勤めるベテランパートさんだ。
加齢臭を気にしてか強めの香水を付けている。
近藤さんを臭いなんて思ったことは一度もないが、本人は気にしてるのだろう。
女性ならなおさらか。

あぁ、それにしても…仕事中は体臭のことを忘れられる!
忙しいし、いろんな臭いがするし、全然気にならない!
ハ・レ・ル・ヤ !!


そうこうしているうちにランチタイムが始まった。
ホールは店長とウェイトレスの中森さんが回している。
こっちはこっちで近藤さんと大忙しだ。

2時半頃ようやくオーダーが止まった。

「ふぅ…」

休憩室で一息つく。
天井からぶら下げられているテレビをボーッと眺めながら「何やってんだろな…」と思う。
今の職場は嫌いじゃないけど、このまま行けばきっと10年後も20年後も同じことをしているんだろうな…

そんなことを考えながら何気なくスマホをいじっていると、新着通知が来ていた。
見ると、昨日の体臭改善アプリだった。

「アップデートのお知らせ…?」

あぁ、そういえば削除するのを忘れていた。
通知には「測定者へのズームが可能になりました」と書かれていた。

“測定者”という言葉が引っ掛かった。
そういえば… 昨日僕は測定者とは測定“される”側のことだと思って自分を撮ったが… もしかしたら測定“する”側のことだったんじゃないだろうか…?
だとしたら…どういうことだ???
なるほど、わからん。

「あ、近藤さん、今度の契約更新についてですが…」

ちょうど近藤さんが帰る途中に、店長に呼び止められているところだった。
店長は近藤さんに契約書を渡しホールに戻り、近藤さんはカウンターでそれを読み始めた。
僕は何気なく例のアプリを立ち上げた。物は試しだ。
近藤さんはこちらに背を向けており、この距離ならシャッター音も聞こえないだろう。
僕は近藤さんをシャッターマークの中に収め、画面をタップした。

カシャ!と音がし、次の瞬間目の前の光景がパッと切り替わった。
あれれ? さっきまで座ってたはずなのに… 僕は立っていた。
目の前にはカウンター、その上には紙が。雇用契約書だ。名前の欄には近藤さんの名前が書かれている。
ちょっと待て!何かがおかしい!?

僕は違和感に気づいた。まず、自分の手が老婆のようにシワシワになっていた。
それだけではない、自分が来ている服、白と黒のまだらのジャンパーに、えんじ色のスカート。まるでおばさんだ。
な、なんだこりゃ!?

振り向くと、休憩室のソファーの上で自分の体がだらりと気絶していた。
鏡をのぞくとそこには驚いた顔の近藤さんが映っていた
ウ、ウソだろ…!?

「お、おい!」

自分の体を揺する。自分の声も完全に近藤さんになっていて驚いた。
返事がない、完全に意識を失っているようだ。
さ、さっきのアプリのせいなのか!?

僕は自分の体の手からすべり落ちているスマホを取り上げた。
か、解除ボタンみたいなのはないのか!?
だが、シャッターボタン以外のボタンはないし、アプリを終了させても何も起きなかった。

もしこのまま一生戻れなかったら… 嫌な汗が流れる。
そ、そうだ!! 近藤さんを撮って近藤さんになったということは、逆もまた可じゃないか!?
僕はアプリを再び起動して、気絶している自分に対してシャッターを切った。

カシャ!と音がして次の瞬間、頭上から近藤さんが覆いかぶさってきた。

「あらあらぁ!?」

近藤さんのすっとんきょうな声が休憩室に響き渡る。

「あ、あら、平田君? どうしてここに…」

近藤さんはキョロキョロしながら驚いてた。
僕は自分の体を見た。元に戻ってる!

「大丈夫ですか近藤さん!?」

「えぇ、ごめんなさい。あの…どうしてあたしここにいるのかしら…」

「さ、さぁ…」

「不思議ねぇ…」

近藤さんは首を傾げながら元の場所に戻って行った。
どうやらさっきのことは覚えてないらしい。
マ、マジかよ…
僕はスマホを拾う自分の手が震えてるのがわかった。

呼吸を整え、頭の中を整理する。
このアプリで近藤さんを撮ったら近藤さんになっていた…
そして自分を撮ったら自分に戻った…

もう一度アプリの解説を読んでみる。

『自分の臭いは自分ではわかりません。このアプリはあなたの体臭を客観的に測定し改善します。それはあなたの生活をよりエキサイティングにします。副産物として、社交的になり、性格を明るく、自信を持った毎日…』

“体臭を客観的に測定”…たしかに他人になれば客観的に測定できる。ある意味、究極の客観的といえる。
だが、今起きたことは明らかに常識の範囲を超えていた。というより…ありえないだろ!?
すぐさま検索サイトで「体臭改善アプリ」と検索したが、情報はなかった。

そんなこんなしているうちに休憩時間は終わり、モヤモヤした気持ちで仕事に戻った。残りの勤務時間もアプリのことで頭がいっぱいだった。皿を洗っていても心臓がバクバクする。
僕はとんでもないアプリを手に入れてしまったのではないだろうか……
すぐに削除すべきだろうか? 様子を見る? いっそ警察に届け出るべきか…
きっとゴミ捨て場で1億円拾った人もこんな気持ちなんだろう。

「平井くーん、オーダー入ってるんだけど…」

ふと気がつくと、キッチンとホールの間から店長が顔を覗かせていた。

「あ、すいません!」


その日は、なんとか普段通りに仕事を終わらせ、夜の人に引き継いで退勤した。
店を出た後も、気が気じゃなかった。
ショッピングモールの長い廊下を歩きながらスマホを立ち上げる。
たくさんあるアプリのアイコンの中に例のアプリのアイコンも変わらず輝いていた。
とにかくこのアプリについてもっと知りたい…

もしその日、そこに彼女がいなかったら、間違いなく僕はそのまま帰っていただろう。
だが、下りのエスカレーターの先に彼女はいた。川原さんだ。

「お足元にご注意ください♪」

エスカレーターの乗り降り口に立って、朝と変わらぬ笑顔を振りまいていた。
きっと疲れているのだろう。でもサービス業はそれを表に出せないから大変だろうなぁ。
ピンと背筋を張り、足を揃え、美しい姿勢で立っている姿は健気だった。

ゴクリ… 僕の中で何かが芽生えた。

このアプリが本当に他人になれるアプリならもっと実証データが欲しい…
どうせなるなら川原さんみたいな美人になってみたい…
男なら誰しも一度は考えることだろう。

だが、それは倫理上許されることなのか?

いや、別に川原さんに危害を加えたり失職に追い込むわけじゃない。何か不都合が生じたらさっきみたいにすぐに戻ればいい。

いやいや、もし他の人に見つかったら最悪、変質者として警察に突き出される可能性もあるんだぞ?

だが、うまく行けば川原さんに気づかれずに彼女の体を詮索できる…

僕の中の天使と悪魔がせめぎ合う。
最終的には、仕事後の解放感と性欲の高まりと好奇心が最後の一押しをした。


一度駐車場まで行った僕は、再びショッピングモールの中へ引き返した。
川原さんはさっきと変わらずエスカレーターの乗り口で笑顔を振りまいていた。
エスカレーターの前方10mぐらい先に壁があり、壁際にベンチと観葉植物がある。

僕はスマホをいじりながら、いかにも待ち合わせしているようなフリをしてそのベンチに腰掛けた。
ここからなら川原さんを正面にとらえられる…
念のため、周囲の状況を確認しておく。他の職員に見つかったら厄介だからな… 特に先輩の案内係には…

よし… 大丈夫そうだ。平日の夕方とあって人通りはまばらで、視界の範囲で他の職員は見当たらなかった。
僕はスッとアプリを立ち上げた。じとりと手に汗を握っているのを感じた。
一秒一秒がゆっくり感じられる… 心臓の鼓動をはっきりと感じられる…
自爆前のテロリストもこんな気持ちなのだろうか…

さり気なくスマホを顔の高さまで上げ、ピントを合わせる。と、遠い…
そういえばアップデートでズーム機能が付いたっていってたな。早速使わせてもらうか。
二本指で画面を広げると、うまく拡大できた。
シャッターアイコンの中心に川原さんをとらえる。

一旦スマホをひざの高さまで降ろす。あとはタイミングの問題だ。
川原さんに気づかれないようにお客が来たタイミングを狙う。
やがて、子供の手を引いた主婦がやって来た。

「お足元にご注意ください♪」

川原さんの視線は子供の足元に釘付けになっている!
今だっ!!


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僕は無我夢中でスマホを持ち上げ、シャッターを切った!!

カシャ!

「!!」

ガクッと前のめりになる感触がして、急に足元がグラグラと不安定になった。

「う…うわわぁ!?」

転びそうになり慌てて近くにある物をつかんだら、エスカレーターの動く手すりでさらに焦った。
おしりを突き出し、上半身だけズンズン引きずられていく情けない格好になった。
なんとか両手で押し込むように力ずくで手すりに踏ん張り、すんでのところで転倒を回避した。

「はぁはぁ…」

息があがる。かわいい吐息だ。
こ、これはもしかして…おぉ!!

手には白い手袋、胸を盛り上げるフリルブラウスにかわいらしいリボン、黄色いスカートからパンストに包まれた美しい脚が伸びている。
足元はかかとの高いハイヒールだった。しまった、これは完全に僕の計算ミスだった…

「あ… あ…くすん」

咳払いするフリをしながら自分の声を聞いてみる。
かわいらしい川原さんの声だ。毎朝聞いてるので間違いない。

(本当に川原さんになっちゃったんだ……)

下を見るたび、興奮が体を支配する。だが、ここでとちってはいけない。冷静に、冷静に状況を把握するんだ…
向かいのベンチで自分の体が気絶している。あれをまずなんとかしなきゃ。


ベンチに向かって歩き出したが、ハイヒールなんて履いたことないので、一歩一歩踏み出すぎこちない歩きになってしまう。
さらに胸とおしりは膨らみ、髪は長く重くなってるので重心のバランスが難しい。ちょっと押されただけで簡単に倒れてしまいそうだ。
よく川原さんはこれで長時間きれいな姿勢を保ってられるなぁ… 改めて感心する。

(お足元にご注意しなきゃな…)

うまく手を振りかざしてバランスを取りながら、ようやく自分の元までたどり着いた。
近藤さんの時で一回経験があるとはいえ、やっぱり自分で自分を目の当たりにするというのはおかしな気分だ。
しかも今は自分が美女という立場。


自分の体はだらんと肩から崩れていた。あと数cm滑っていればベンチから落ちていただろう。
自分の体の前にしゃがみ、白い手袋に包まれた細い指で、肩をつかみ上げる。

「お、重い…」

女の子の力では想像以上に重かった。おまけにハイヒールを履いているので下手をすると自分がコケそうだった。
なんとか壁に寄りかからさせ、顔を観葉植物の影に隠し、疲れて眠っている人のように仕向けた。
ゴツゴツした大きな手からスマホを取り上げる。アプリは起動したままだった。
とりあえずこれさえあればいつでも戻れる。僕はスマホをジャケットのポケットに入れた。

周囲を見回す。うまく誰にも気づかれていないようだ…
僕は壁に手をつきながら、壁伝いに進んだ。


従業員専用と書かれたドアに入る。僕には行く当てがあった。この奥に従業員専用のトイレがあるのだ。
普段からほとんど人がいない上、今日は平日だから絶対誰もいない自信があった。
実を言うと…よく大の時に利用させてもらっています。

運良く誰にも見つからずトイレにたどり着いた。

「えっと…」

表示板の前で一瞬足が止まる。
右は青いマークの男子トイレ、左は赤いマークの女子トイレ。いつもの感覚なら右に駆け込むところだが、今は女子だから左に入ったほうがいいよな…。
あえて男子トイレに入って二重の背徳感を味わうというプランも頭をよぎったが、やめておこう。
せっかくのチャンスなので素直に女子トイレに入ることにした。

僕は聖域に足を踏み入れた。おそるおそる人がいないか確認する。
別に今は女の子なんだから、他の人がいても笑ってごまかせばいいのだが、妙に緊張する…。

「ふぅ…」

人がいないことを確認して、ようやくホッと胸をなでおろした。
目隠し用の仕切りを越えてすぐ右には大きな鏡があった。洗面台に両手をつき、鏡をのぞきこんだ。
整った目鼻に、淡いピンクの口紅で彩られたぷるぷるの唇。
そこには紛れもなく川原さんが映し出されていた。

「本当に僕が川原さんに…」

川原さんが自分のことを“僕”と言っているギャップ。
ほっぺたを触ると、もちもちした若く美しい肌を感じられた。
唇に手を当てると鏡の中の川原さんも同じ動きをした。

か、かわいい…

思わず見とれてしまう。今までは遠くから眺めるしかなかった存在がこんなに近くに、いや、その存在自体になってしまったんだ…。
鏡に向かってウインクすると、鏡の中の川原さんがウインクを返してくれた。
う、うひょー♪

自分の体を見下ろすと、二つのふくらみがあった。それが何かはもちろんわかっている。女の子のおっぱいだ。
だが、こんなに間近に見るのは初めてだ。フリルブラウスの上から触ってみる。

「や、やわらかい…」

服越しでもちゃんとやわらかさを感じられた。触った感触だけでなく、触られた感触もしたということは、間違いなく自分の体の一部なんだ…。
鏡の中には白い手袋をはめた美しい指先で、自分の胸をわしづかみする川原さんが映っていた。
本来なら“ありえない”光景にドクンッ!と心臓が飛び出しそうになった。

その後、鏡に向かって喜怒哀楽の表情を一つずつやってみたり、洗面台に足を乗せて「おんどりゃー!」とヤクザのようにすごんでみて「へぇ~ 川原さんってこんな表情もできるんだぁ」と思ったり。
スカートの上からおしりをさすってみたり、長くてきれいな髪をクンクン嗅いでみたり。
ガニ股で恥ずかしそうに「コマネチ!」してみたり、いろんな川原さんを楽しんだ。


「やっぱり脱いでみるべきだよな…」

ここまで来たら脱いでみたいと思うのが男の本性だった。
だけど、案内係はショッピングモールの顔だからか、制服がキチッとしており、着崩すと元に戻せない気がした。女の服の知識がない僕ならなおさらだ。
それに自分の体をベンチに置いてきてる以上、あまり長居はできない。

でも… スカートを脱ぐぐらいならいいよね?

僕は誰に問いかけたのだろうか。川原さんへなのか自分の良心へなのか、わからない。
もぞもぞとジャケットの裾に手を突っ込む。いつもの小太りの僕の体と違ってくびれがある。すごい!
スカートのファスナーを下ろすと、驚くほどスルスルっとスカートが滑り落ちた。

「おぉ!!」

そこにはグランドキャニオンを超える絶景が広がっていた。
二つの大きな茶色い川に三角州。三角州の底にはかわいらしい蝶がいる。
なんてことはない、パンストに包まれたふとももとリボン付きのショーツが露呈しただけだ。
だが、この絶景を見れるのはこのショッピングモール内では、一緒に女子更衣室で着替える女性職員ぐらいだろう。
他の男はどんなに思っていても見れない、昔の僕のように妄想を膨らますしかない。

思わずポンッと股を叩く。当たり前だが、そこには何も付いてなかった。
だが、男の性か。付いてないことを実感して、改めて本当に自分が女になっていると確信した。
パンスト越しにおしりを触ってみる。


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すべすべしてて変な気持ちになる…。
鏡には変態的表情で自分のおしりをなでる川原さんが映っていた。
ショーツ越しの領域と肌越しの領域を行ったり来たりするたびに、ショーツのフチが少し食い込んでるのがわかった。
あぁ、それにしても…女の子の身につけている物の素材ってどうしてこんなにつるつるして気持ちいいんだろう…。

続いて前に移る。川原さんの恥丘…。
白い手袋に包まれた指をそこに伸ばす。

「ふわっ!」

思わず声を出してしまった。
股の下をスリスリする。
き、気持ちいい…
何も付いてないはずなのに感じる。
これが女の快感かぁ…
ブツが無い分、股全体が性感帯になった気がする。
パンストの中に手を突っ込もうかとも思ったが、あまりにぴったりショーツが張り付いている分、川原さんがガードしているように感じられてやめておいた。

この興奮を誰かに伝えたい… いや、伝えることはできなくても残すことはできる!
僕はジャケットのポケットから自分のスマホを取り出した。
一旦、体臭改善アプリを終了させ、カメラアプリを立ち上げる。今度は正真正銘のカメラアプリだ。
それで何枚か自分を撮影した。
最後にスマホの画面にキスをして、キスマークをつけた。


よし、そろそろおいとまするか…
僕はスカートを元通りに履き直し、鏡の前でチェックした。
物を盗ったわけではないし、服を乱したり濡らしたわけではないので、大丈夫だろう…
こういう時、脱がなくて良かったと思う。
この美しい顔とお別れしないといけないのは残念だが、このアプリさえあればまたいつでも会える。

僕は意を決して女子トイレを出た。急いでエスカレーターの前に戻る。幸い、何も変化は起きてなかった。
僕は自分が気絶してる隣のベンチに腰掛けた。
そしてアプリを起動し、観葉植物と壁の隙間から自分のまぬけ面を撮った。

カシャ!

気づくと隣のベンチに川原さんが気絶していた。
気を失っている姿も美しい…

うわわぁ!!

僕は真っ青になった。川原さんの手に僕のスマホが握られていたからだ。
慌てて回収する。
だが、その衝撃で川原さんが目を覚ましてしまった!

「…ふ、ふぅ〜ん」

川原さんは寝起きな感じで眠気眼をこすっている。よく考えたら川原さんのこういった表情を見られるのは貴重かも…ってそうじゃない! ど、どうしよう… このまま立ち去れば明らかに怪しまれる… 僕はとっさに嘘をついた。

「大丈夫ですか!?」

「えっ…私一体…」

「エスカレーターの前で気分が悪そうにしていたのでここに運んだんですよ!」

「えっ… えっ…?」

川原さんは明らかに戸惑っていた。

「それでは、僕はこれで!!」

僕は逃げるように立ち去った。
逆に怪しまれたかなぁ? だけど、僕が入ってる時の記憶は無さそうだったし…大丈夫だろう。
スマホからまだほのかに川原さんのぬくもりが感じられた。
僕は車でその場を後にした。





アパートの自室。
テレビを観ながら、店の残りのハンバーグをパクつく。
いつもと変わらぬ夜。

だが、僕のスマホにはあのアプリが輝いている。
鼻唄気分で夕方撮った写真をチェックしてみる。


hagai7.jpg


ゲッ… 慌てて撮ったせいか全部が全部ピンボケしてる…。
だけど、画面の中央についている川原さんのキスマークはくっきり残っていた。

「こりゃ当分画面拭けないなぁ…♪」

そう言いながら僕は画面にキスした。
もちろんその夜、それをオカズに抜いたのは言うまでもない。



次の日の朝…

\リリリリリリリ…/

スマホの目覚ましアラームで起こされた。
あ、あれ…? 僕は異変に気づいた。
自分の体から花のようないい匂いがする。
嗅いだことある匂いだ… こ、これは!

川原さんの匂いだ!!


(つづく)



(立ち絵素材はウェストサイド社から発売されている『萌えきゃら素材集(7) 火炎味噌編を使わせていただきました。”キャラクターデザイン 火炎味噌” )


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