『入れ替わった僕らの物語』 第三話




第三話 「詮索」






僕は今・・・長月さんの布団に寝ているんだ・・・

男と違い、胸がふくらんでいるため、うまく仰向けになることができない。
体が布団と直接触れている部分は絶対領域だけなので、否応なしにそこを意識してしまう。
体全体がふんわりしていて、それが布団の甘い匂いと相まって、まるでおとぎ話のお菓子の家にいるような気分になった。

いつも長月さんはこんな風に感じているのかぁ・・・

今日の夕方までは遠く眺めるしかなかった存在の長月さんになって、彼女の部屋にいる・・・
常識ではありえない現象を今僕は体験している・・・

これは非常事態なんだ・・・

と頭ではわかっていても、心のどこかにうれしさがあった。
もし体が入れ替わるなんて、こんな超常現象が起きなければ、長月さんとしゃべることもなかっただろうし、ずっと彼女を眺める日々を送りながら、卒業の日を迎えたかもしれない。
不安、喜び、興奮、焦燥・・・いろんな感情が交ざって、僕は呼吸が苦しくなった。



「ゆり~ ごはんよ~~」

そうやって布団の上でまどろんでいると、一階から長月さんのお母さんの声がした。

「はぁ~~い」

怪しまれたらまずいので、とりあえず返事をして一階に降りた。
リビングは木目の新しい広間で、食卓とカウンターキッチン、それに大型テレビが置かれていた。
食卓の上にはすでに料理がいくつか並べられ、向かいの席には長月さんのお父さんが新聞を広げて読んでいた。



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他人の家の食卓にお邪魔するなんてただでさえ緊張するのに、それをその家の娘として参加しないといけないなんて・・・
長月さんのお母さんはキッチンから料理を運んでいた。
髪は後ろでまとめられ、赤い口紅が印象的だった。
長月さんからは専業主婦って聞いていたので、鮮烈な口紅に少し違和感を持った。

「いただきます」

やがて、長月さんのお母さんも席につき、晩ご飯が始まった。
ずっと一人暮らしだったので、こうやって大勢で晩ご飯を食べるのは久しぶりな気がする。

長月さんのお父さんが新聞を下し、顔が見えた。
長月さんのお父さんはらっきょうを逆さまにしたような輪郭で、目が鋭く、昔見たロボットアニメの敵司令官に似ていた。
たしか不動産をやっているって言っていたなぁ。

なんだかこう、長月さんとの結婚が決まって初めて彼女の実家で食卓に参加しているような、そんな妄想が頭をよぎった。
セオリー通りならこのあと談笑して、お義父さんと一緒に酒を酌み交わすんだよなぁ。
まさかこんな形で長月さんのご両親とお会いするなんて夢にも思わなかった。


とりあえず箸をつけなきゃ。
今日のメニューはご飯、味噌汁に煮っ転がしとサラダという極めて家庭的な料理だった。
おそるおそる箸をつかみながら、じゃがいもを口に運ぶ。

お、おいしい!

正直見た目はあまりおいしそうに思わなかったけど、食べてみると意外においしかった。
この体がこの味付けになれているというのもあるだろう。


「今日学校から成績表が届いたんだけど、今期も全科目取れていたわよ♪」

隣に座る長月さんのお母さんがうれしそうに言った。

「ほぅ、そうか」

ビールジョッキをテーブルに下しながら長月さんのお父さんがそう答えた。
強面の顔つきは変わってないが、少し頬が緩み、うれしそうに見えた。

“今期も”ってことはいつも取れてるのか!
いつも長月さん真面目に授業聞いてるもんなぁ。
うぅ・・・落とした単位のことなんて思い出したくない僕と全然違う・・・
さすが長月さんだ。
なのに褒められるのは僕って悪い気がする・・・


長月さんのお父さんが僕のほうを向き、真剣な顔つきで言った。

「ゆりももう二回生だろう。そろそろ本格的に就職のことも考えないといけないぞ」

「う、うん」

僕はうつむきながらそう答えた。
長月さんの将来・・・想像がつかない。
思わずOLの制服を着て事務仕事をしている長月さんを想像してしまった。
うん、悪くない。
長月さんならどんな職業に就いても様になりそうな気がする。

でも、他人事じゃないんだ・・・
もしこのまま元に戻れなかったら、僕が長月さんの代わりに就職しないといけない。
一生に関わることを僕が決めないといけないなんて・・・そんなことにならなきゃいいんだけど・・・


その後、隣のお宅の中学生の息子が進学塾に入ったとか、テレビの討論番組の年金の話題とか、世間話が続いた。
僕は早くこの場から逃げ出したかったけれど、早く食べると「はしたない」と叱られそうで、早く食べたいんだけど食べられないジレンマを抱えた。
もう後半は砂を噛んでるような気分だった。

「ごちそうさま」

「あら、今日はおかわりしないの?」

お、おかわり!??

長月さんって意外に大食漢だったんだ・・・
意外な一面を知ってしまった・・・



リビングを出て、自分の部屋に戻ろうとすると、後ろから長月さんのお母さんの声がした。

「お風呂沸いてるから先に入っちゃいなさい」

「はぁ~~い」

って答えたけど、お風呂!?
あわわ・・・お風呂・・・お風呂・・・///
お風呂のことをすっかり忘れていた・・・///
ど、ど、どうしよう・・・//////
女の子の矜持に関わるから長月さんに連絡したほうがいいよね・・・


僕は部屋に戻るとすぐに携帯を開いた。
かわいいウサギの待ち受け画面が自分の物ではないことを改めて意識させた。
そして、長月さん――って言っても自分の携帯番号だけど――に電話を掛けた。

「もしもし」

何度かの呼び出し音の後、長月さんが出た。

「あ、僕だけど・・・」

「陽田君?」

よく自分の留守録の声を聞くと気持ち悪いって言うけど、まさにそれだった。
しかもそれがリアルタイムで自分が考えていないことをしゃべっている・・・


とりあえず僕は帰ってきてから今までの出来事を順に話した。
長月さんは無事僕の家に帰りつけたようだ。
そしてお風呂のことを切り出そうとすると、いきなり長月さんのほうから「ごめんなさいっ!!」と切り出してきた。

「どうしたの?」

「実は・・・さっきおトイレ行かせてもらいました・・・///」

憧れの長月さんが僕の体でトイレに・・・
ってことはチャックを開けて・・・僕のアレを見ちゃった?もしかして触っちゃった?
そう思うと恥ずかしさと共になぜだかちょっとうれしかった。

・・・って何言ってるんだ僕は!!
ってかそんな風に恥ずかしそうに言われるとこっちまで恥ずかしくなるじゃないか///

「い、いいよ、生理現象なんだから」

「ほんとごめんなさい・・・」

「気にしてないから! それよりさっきお母さんからお風呂に入るように言われたんだけど・・・」

「えっ」

そこで長月さんの声が止まった。
数秒の気まずい沈黙・・・


「あの・・・それは遠慮してもらえますか」

だよねー
やっぱり見ず知らずの男の人に自分の裸を見せられるわけないよねー

「その代わり、明日一番で私の部屋まで来てもらえますか?」

「わかった」

「あっ、それとメイクは落としてください。洗面所にメイク落としがあるので・・・」

「うん、わかった」

「それでは///」

「じゃあ///」

お互いぎこちない感じで通話は終わった。

向こうも変わりないようでよかった。
まぁ、一人暮らしだから他の人に気を遣う必要がないのは不幸中の幸いだ。
隠した同人誌、見つからないといいんだけど・・・



さてと、メイクを落としに行くか。

僕は再び部屋を出て、一階に下りた。
リビングの前を通り過ぎる時にチラリとのぞいてみると、長月さんのお父さんはおつまみを食べながらテレビを観ており、お母さんは食事の後片付けをしていた。

僕は洗面所に入った。
白い床と壁の、洗濯機とお風呂へ続く脱衣所があるいたってオーソドックスな洗面所だった。

メイク落とし、メイク落としっと・・・

洗面所付近を探してみる。
これは歯磨き粉だし、これはお父さんのシェイビングクリームだし・・・あった!
シャンプーみたいなボトルに入ったメイク落としを見つけた。
それをプッシュして手に取り、鏡を見ながらつけてみる。


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鏡には当然長月さんが映っている。
こうやってじっくり長月さんと向き合うのは初めてかもしれない・・・
少し口元を緩ますと、鏡の中の長月さんが笑顔になった。
か、かわいい//////

ダメだ、ダメだ、僕の目的はメイクを落とすことなんだ。
僕はメイク落としを目頭や頬に塗りこんでいった。
絵具を溶かすように、赤みがかったオレンジ色のメイクが泡になっていく。
最後に水で顔を洗うと、完全にメイクの取れた長月さんが現れた。

元々長月さんのメイクは濃いほうじゃないので、メイク前と大差ないけど、女の子のすっぴんを見てしまったという罪悪感は残った。

自分の部屋に戻る際に母親に「今日は風邪気味なのでお風呂はやめておく」ことを伝えた。
母親は「大丈夫? どうりで今日はいつもとちょっと違ったのね・・・」と心配していた。
「うん、一晩寝ればよくなるから」と答え、僕は階段を上り始めた。



「ふぅ・・・」

自分の部屋に戻ってきた。
どうもピンク色の壁やクリーム色の床は落ち着かない。
周りは女の子の小物ばかりだし。

とりあえず、この恰好のまま寝るわけにはいかないよな。
着替えなきゃ。
着替え・・・着替え・・・着替えはどこにあるんだろう?
ここかな?



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洋服棚にはワンピース、スカート、チュニック、シャツ・・・いろいろな長月さんの服が掛かっていた。
いつも長月さんはここから洋服を選んでいるのかぁ。

あ!このチュニック見たことあるぞ!
前に大学で着てたやつだ!!

自分の記憶力に我ながら気持ち悪くなる。
これじゃまるでストーカーじゃないか・・・
いつも彼女を見掛けているうちに、特に彼女が自分の好きなタイプの服を着ている時は印象に残っていた。
それが今、目の前にある・・・

ピシッとしわが伸ばされ、ハンガーに掛かっている姿は、まるでしわをつけてくださいと言わんばかりで、ドキッとした。
匂いを・・・匂いを嗅ぐだけならいいよね・・・
僕はチュニックの裾に顔をうずめた。



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これが長月さんの匂い・・・
やさしくて清潔感があって、心地よかった・・・

あぁ、長月さん大好きだよ・・・

はたから見たら、超ナルシストだろう。



違う、違う、こんなことをしに来たんじゃない。
着替えを探さなきゃ。
僕はしゃがんで洋服棚の下の引き出しを開けた。
すると、そこにはピンク色の布があった。

「なんだこれ?」


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パパパパパパパンツじゃないかぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!

開いてわかった。
と同時に心臓が飛び出しそうになった。

なななななな長月さんのパンツが・・・あわわ・・・
ここここれは刺激がつつつつ強すぎる・・・・・・

だが、僕の理性とは正反対に、体が勝手に動き出した。
ややややめろ!そんなことはやめろ!!!!


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気がつくと、僕はパンツをかぶっていた。

「んご!!」

理性が本能に負けた瞬間である。
ややややめろ!!
これじゃあ変態仮面じゃないか!!
清純な長月さんに変なことさせるな!!

だが、僕の理性とは裏腹に本能は止まらなかった。
本来長月さんの大事なところが触れている部分が今僕の鼻に当たっている・・・
こうなると人間不思議なもので、次にこの状況に理由付けを始めた。

これは長月さんのパンツで・・・

僕は今長月さんなんだ・・・

だから・・・

自分のパンツなんだから恥ずかしくないもんッ!!


まことに立派な論理だが、完全に言い訳に過ぎなかった。


「ふおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



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(第三話おわり 第四話につづく)



『入れ替わった僕らの物語』 第二話




第二話 「帰宅」




レポートは無事提出できた。
幸い教授が不在で、ドアに「提出物は下のポストへ」と書かれていたので時間を気にする必要はなかった。

だが、今の僕にとってはそんなことはもう小さなことだった。
ま、まさか一緒に階段から落ちたショックで、長月さんと心が入れ替わってしまうなんて~!!


大学一階のラウンジ。
大きな窓に映る外は陽が沈み、すでに漆黒に近い。
昼間はにぎやかなラウンジも、放課後になると時折サークルの連中が通り過ぎるぐらいだった。


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僕はそこで頭を抱えていた。
隣にはもじもじした自分が座っている。
自分を第三者視点で見るなんて奇妙な感覚だ。

まさかこんなことになるなんて・・・
ドラマや漫画じゃ入れ替わる展開なんてよくあるけど、まさか現実で起きるなんて・・・
しかも憧れの長月さんと・・・

あの後、二人で頭をぶつけたりいろいろやってみた。
僕はもう一度階段から落ちてみようと提案したが、長月さんは同意しなかった。
僕もまたあんな痛い思いするのは嫌だったので受け入れた。

とりあえず詳しい原因がわかるまではお互いにお互いを演じようということになった。


「あの~」

一体どうやったら元に戻ることができるんだ・・・

「あの~」

これからどうすればいいんだ~!!

「あの~!!」

「わっ!」

隣から大きな声がして僕は我に返った。
横を見ると、僕の姿をした長月さんが頬を染めながら唇をとがらせていた。


「股を閉じてもらえませんか?」

長月さんは強い口調で言った。

「へっ?」

不思議に思って自分の股を見下ろすと、女の子にあるまじき角度で足が開いていた。

「あっ、ご、ごめん!!」


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僕は慌てて股を閉じて姿勢を正した。

長月さんとはお近づきになりたいと思ってたけど、まさかこんな形でしゃべることになるとはなぁ~
うれしいような悲しいような複雑な気分だ。
だけど、きっと長月さんは僕以上にショックを受けているだろう。


当面の問題は今夜どうするかだった。
二人とも一人暮らしならどちらかの部屋に一緒に泊まるという選択肢があったけれど、長月さんは実家暮らしだった。

「うち、門限があるんです」

「えっ、門限?」

僕はポケットから携帯を取り出そうとした。
だが、手は空を切り、代わりにフリルをつかんだ。

「6時20分です」

長月さんが上を見ながら言った。
つられて見上げると、たしかにラウンジの時計は6時20分を指していた。

「8時までには戻らないと・・・」

「なんとか理由をつけて遅らせることはできないの?」

「うち、門限が厳しくて・・・」

長月さんはうつむいてそう言った。
見た目は僕だけど、しぐさにいつもの長月さんの気品を感じた。

「そっかぁ・・・」

頭の中で崩れた積み木を組み立てるように、改めてプランを考える。
幸い、僕と長月さんの電車は同じ方向だった。
長月さんの家はここから四駅20分、僕の家は六駅30分。

まずここから僕のアパートに向かい、僕の部屋を紹介する。
そして、今度は長月さんに案内してもらって長月さんの家に向かう。
そこで別れて、僕は長月さんの家に帰り、長月さんは僕のアパートに帰る。

ほんとは女の子に一人で夜道を帰らせるのは嫌だったけど、門限を守るためにはしかたない。

長月さんにこのプランを話すと、少し考えた後、同意してくれた。





二人で大学を出た。
残暑が終わり、秋の風が吹き始めていた。
この校門をくぐった時は男だったのに出る時は女の子だなんて・・・
体が変わったせいか、感じ方も変わっていた。

ひんやりとした秋風がスカートの中に入り込む。


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ただでさえ他人の前で女装なんて恥ずかしいのに、それを好きな人の前でやらないといけないなんて///
ニーソックスが少しずり下がっているので引き上げたくなったが、隣を歩く長月さんに変な解釈をされたら困るのでやめておいた。


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駅までの道、最初は二人とも無言で重い空気が流れた。
でも、このままじゃいけないと思い、勇気を出して積極的に話しかけた。
お互いになりきるためには、相手のことを知っておかなくきゃならない。
だから家族構成とか家族同士の呼び方とかあらかじめ聞いておいた。

駅に着き、二人で改札を通り、電車に乗った。
乗った瞬間、何人かの乗客の視線を感じた。
そっちのほうを見ると、何人かの男性客が視線をそらした。
こ、こんな体験初めてだ・・・
これから毎日こんな体験をしないといけないのかと思うと、背筋がゾクッとした。


それから電車に揺られ、僕がいつも通う駅に着いた。
僕のアパートはここから商店街を抜け、10分くらい歩いたところにある。

「にぎやかな街ですね・・・」

長月さんが駅前の人通りの多い交差点を見ながら言った。
そう、これから彼女はここに住むことになるんだ・・・

「あっちのドラッグストアは安いよ」

彼女が困るといけないと思い、歩きながらいろいろ商店街のお店を教えてあげた。


やがて、僕のアパートに着いた。
黄土色の壁が特徴の鉄筋二階立てのアパート。
ほんとはもっと家賃が安いとこでもよかったんだけど、親が奮発して借りてくれたのだ。

僕の部屋は1階の中央、102号室だった。
ポケットから鍵を取り出そうとし、またフリルをつかんでしまった。
しかたなく、長月さんに頼んでジーパンのポケットから鍵を出してもらった。

玄関のドアを開けると、ムア~とこもった匂いが漂ってきた。
自分の部屋なのにどこか男臭く感じた。

「ご、ごめんね、汚い部屋で」

「いいえ・・・」

先にパンプスを脱いで入り、電気を点けた。
長月さんも後に続く。
台所、トイレ、風呂、それに6畳の寝るスペースがあるだけの、ほんとシンプル
な部屋。
長月さんはキョロキョロと不思議そうな表情で僕の部屋を見渡している。

「どうしたの?」

「私、男の人の部屋は初めてで・・・」

「あはは・・・そうなんだ」

僕は苦笑いした。
まさかいきなり男の人の部屋に住むことになるなんて夢にも思っていなかっただろう。


なっ・・・!

その時、声をあげそうになった。
ベッドの周りに同人誌がちらかっていたからだ。
実家暮らしの時は毎度隠していたが、一人暮らしでほとんど来客がないとなると、完全に無防備になっていた。

しかもけいおん!の澪、まどマギのほむほむ、超電磁砲の佐天さん、俺妹のあやせたん、喰霊の黄泉、夏のあらし!の小夜子さん・・・
あんなの見つかったら絶対ヤバい!!

「あ、あっちがお風呂だから!!」

「えっ、はい」

長月さんがお風呂を見に行ってる隙に猛ダッシュで同人誌を拾い集め、本棚の裏に隠した。

ふぅ~ 危なかった

戻ってきた長月さんに「自炊はしてないからいざとなったら冷蔵庫にレトルト食品がある」ことを教えてあげた。



続いて、長月さんの家、つまりこれから僕の家になる場所に向かった。
駅を降り、10分ほど歩くと新興住宅が立ち並ぶ住宅街にたどり着いた。

「ここです」

長月さんが立ち止まった先を見ると、二階建ての立派な一軒家があった。
ちゃんと門があって、中には庭があり、車庫には少し高そうな車が泊まっていた。
お金持ちというほどではないが、中流の上のほうだということは一目でわかった。

「じゃあ気をつけてください・・・」

長月さんが心配そうにうつむきながら言った。

「うん。何かあったら携帯に連絡するから」

長月さんはコクりとうなづき、身を縮ませながら去っていった。
途中心配そうに何度もこちらを振り返るので、元気づけようとピースサインをしたら、さらに心配な顔をされた。


やがて夜道の向こうに長月さんの姿が見えなくなった。

よし、ここからは僕一人の勝負だ・・・

胸の前で拳を握り、家を見上げた。
そして意を決してアーチ状の門を押し開け、茶色い玄関のドアを開けて中に入った。

「ただいま~」

初めて入る家に「ただいま」というのはすごく変な感じだ。
中も外観と違わずきれいで、そのままモデルハウスとして使ってもいいぐらいだった。

右手には靴箱があり、その上に家族写真を見つけた。
小さい頃の長月さんが楽しそうに父親に抱っこされていた。
今の物静かな長月さんとは対照的で、意外な過去を見た気がした。

玄関に上がり、左側にリビングへと続く廊下、右側に二階へと続く階段があった。
事前に自室は二階だと聞いていたので、階段に向かった。


「あら、おかえり~ 今日は遅かったのね~~」

3段くらいあがった時、リビングのほうから長月さんのお母さんの声がした。

「うん 今日はお友達とお勉強してたの~~」

僕は適当にそう言った。


改めて階段を上り、二階へ辿り着いた。
三つのドアがあった。
その中の一つに小学校の工作の時間に作ったのだろう、花壇に咲く花をイメージした「ゆり」という名札があった。

僕はそのドアノブに手を掛けた。
この先に長月さんの部屋があると思うと心臓の鼓動が速くなった。
キィと音がし、ドアが開いた。


そこには女の子の部屋が広がっていた。
白とピンクと茶色を基調に、きれいにまとめられていた。
機能性とかわいさのバランスが取れたとても長月さんらしい部屋だと思った。

右手に勉強机と洋服棚。
左手側の端は壁が腰ぐらいの高さの棚みたいになっていて、その上に小さな窓があり、窓の前に布団が敷かれていた。
こういう部屋はベッドのことのほうが多いので、布団派なことにちょっと驚いた。

僕は今、長月さんの部屋にいるんだ・・・

自分の部屋に戻ってきたというより、勝手に上がり込んだ泥棒のような気持ちに
なった。


「ふぅ~」

人目がなくなると、今日の疲れがドッとやってきた。
大学に行って、入れ替わって、人見知りの僕が勇気を出していっぱいしゃべって・・・
はき慣れないパンプスで長時間歩いたのでふくらはぎがパンパンだった。
とりあえず一休みしたかった。
僕の目に布団が入った。

長月さんの布団だ・・・

白いシーツにピンク色の掛け布団、枕元にはクマのぬいぐるみがある。
ぬいぐるみと一緒に寝ているのはちょっと意外だった。
長月さんにも子供っぽいところがあるんだなぁ。
あのクマは僕がピンチになったら人間になって助けてくれるのかな?

窓際に行き、レースのカーテンを開け、外を確認した。
もしかしたら長月さんが引き返して様子をうかがってるかもしれないと思ったが、いなかった。

い、いいよね・・・今は僕の布団なんだから・・・

長月さんが長月さんの布団に寝る。
何ら変なことではない。

「えいっ!」

僕は長月さんの布団にダイブした。


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ほんの15時間ぐらい前まで長月さんがリアルに寝ていた布団が今僕の目の前にある。
甘い女の子の匂いがした。
自分から出ている匂いとは違い、一晩寝かした熟カレーのような深みのある女の子の匂いだった。
髪の毛の毛根の匂いもした。

長月さんは毎日この枕に顔をうずめてるんだ・・・

そう思うとうれしすぎて涙が出そうだった。


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(第二話おわり 第三話につづく)

『入れ替わった僕らの物語』 第一話




第一話 「階段落ち」




僕の名前は陽田 つよし(20)
風見院大学文学部二年。

長い大学の夏休みが終わり、大学構内には気だるい空気が漂っていた。
今日は朝8時に起き、電車に乗ってこの一限目の教室に来た。
だだっ広い教室に人はまばらだった。

あくびを噛み殺しながらカバンからテキストと筆箱を取り出す。
ポケットから携帯を取り出し、着信がないことを確認してからマナーモードした。
だが、それを終えると授業開始まですることがなく、ボーッと教室の様子を眺めていた。


一分くらい経った頃だろうか、背後からカツカツ・・・という音が聞こえた。
ヒールの高い女の子の靴音だ。
思わず横目で視線を伸ばす。


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そこに彼女はいた。
彼女の名は長月 ゆり。
一言もしゃべったことはないけれど、僕と同じ学年・学部で、同じ授業で見かけることが多かった。

長いロングストレートの日本美人のような黒髪が特徴で、今日は白いタートルネックに黒のフリルのミニスカートをはいていた。
胸元には十字架のペンダントが輝き、足元は黒いニーソックスとパンプスがよく似合っている。
他の女子と比べても断然美人のほうだった。


ほんとかわいいよなぁ・・・


僕は心の中でつぶやいた。
僕が彼女のことを気になってるのはかわいいだけでない。
毎回毎回服装が自分のツボを突いてるのである。
それに性格も控え目で、自分とよく似ていて、学部も学年も同じ。
つまり、学校に必ず一人はいる"もし自分が女の子だったらああなっていただろう女の子"それが彼女だった。

僕は昔から周りの子供と比べても大人しいほうで、外でみんなで遊ぶより家で一人で遊ぶほうが好きだった。
気が弱くて自分から積極的に行くよりは慎重に何もしないタイプで、おそらくマスコミに言わせれば草食系男子ということになるだろう。
だから僕は時々女の子がうらやましかった。

控え目な性格は、男だと臆病や意気地なしになるが、女だと謙譲の美徳になる。
家で一人で本を読むのも、男だともっと外に積極的に出なさいとなるが、女だとそこまで言われないし、むしろ大人しくて品があると言われたりする。
僕は車にも酒にもギャンブルにも興味なかったし、要するに僕の男らしくないというデメリットは、もし僕が女だったらメリットとなり、もっと生きやすかったということだ。
だから僕は"つよし"という自分の名前もあまり気に入ってなかった。



今日も長月さんはあやのちゃんと一緒に来ていた。
あやのちゃんはピンク系のかわいい服で来ることが多く、童顔と相まって子供っぽく見えた。


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二人が僕の横を通り過ぎた。


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ふわりと長月さんのスカートが揺れ、
絶対領域が垣間見れた。


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長月さんの胸は形が良くって、きっと脱いだらもっと大きいと思う。
わずかだが女の子らしい匂いが漂ってきて、この匂いをずっと吸えたらいいのにと思った。
カツカツ・・・という靴音が遠ざかっていく。


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後ろ姿もきれいだなぁ

長い清流のような黒髪が朝陽を受けて輝いていた。
二人は教室左やや前方の席に、いつものように二人で座った。


「よっ!」

突然後ろから肩を叩かれ、ビックリした。
振り向くと、そこに大樹が立っていた。

「なにビビってるの?」

大樹がムカつく口調で言う。

「ビビってないよ」

大樹は頭より先に手が動くタイプで、僕とは性格も価値観も対照的だったが、なぜか学校とクラスは小学校からずっと同じだった。
腐れ縁ってやつだ。

大樹は茶髪をライオンのように立て、着崩した服にアクセサリーをジャラジャラと付けていた。
噂によると、大学に入った大樹は水を得た魚のようにバイトやサークルを掛け持ちし、毎晩のように飲み会や合コンをはしごしているらしい。
大樹が最大限大学生なら、僕は最小限大学生だった。


大樹は僕の肩にひじを掛け、長月さんの方向を見ながら言った。

「あの子狙ってるの?ダメダメ、俺が何度声掛けてもダメだったから」

当たり前だ

と心の中で突っ込んだ。
長月さんは大樹みたいなお調子者にホイホイ付いていくような尻の軽い女なわけがない。

「そんなんじゃないから」

と僕は答えた。
その時、教室の入り口のほうからギャルっぽい女の声がした。

「大樹ー 今夜のライブのことなんだけどー」

「あー いま行くー ま、せいぜいがんばれよ」

大樹はそう言って僕の肩を叩き、教室から出ていった。
いちいちムカつくやつだ。
なんでこんなやつと貴重な学生時代を過ごさなきゃいけないんだ。
でも、長月さんが大樹の誘いを断ったと聞いて、心の奥底でどこか安心した。


授業が始まり、板書しつつも、やはり前方の席の長月さんが気になった。
長月さんはきれいな姿勢で板書するたびに黒い髪がかすかに揺れ、それがとても品があってきれいだった。
長月さんは隣のあやのちゃんと消しゴムの貸し借りをし、「フフッ」という感じで微笑むのが見えた。

いいなぁ~

そこには男は逆立ちしても入れない、女の子だけの絶対領域が生まれていた。


授業が終わり、長月さんたちが前方のドアから立ち去るのが見えた。
僕も次の教室に移動しなければ。
次の近代文学の授業は通称"お経読み"と言われ、丸眼鏡をかけたお爺ちゃん先生が教科書を棒読みするだけの授業だったので、居眠りしているやつもいれば、携帯をいじってる女子もいた。
隣の席のやつなんか机の下で堂々とPSPをしてる。
そんな中、長月さんだけは真面目に授業を聞いているのが印象的だった。


昼休みに入り、学食でラーメンをすすり、最後の4限の社会統計学の授業を終えて校門を出た頃には5時半を回っていた。
校門から駅へ向かう道には、うちの大学の生徒が列をなし、反対側の歩道には仕事帰りのサラリーマンやOLの姿が見えた。

さて、家に帰ってゲームでもするか。

オレンジ色の夕日に照らされた帰り道を歩きながら、一日の授業を終えた解放的な気分の中で、さっきから何か頭に引っ掛かるものがあった。

何か忘れているような・・・あ!今日はレポートの提出日だった!!

この前、古典の授業でレポートを出し忘れ、今日の6時までに教授の研究室まで持ってくるように言われていたんだった!
出さないと、結構単位に響く。

ポケットから携帯を取り出し、時間を見ると5時50分だった。
ダッシュすればまだ間に合う!



僕は全力疾走で来た道を逆走し、再び校門をくぐった。
そして、教授棟の建物に駆け込む。
エレベーターがあるが、教授の部屋は4階なのでこういう時は階段のほうが手っ取り早い。
階段をところどころ2段飛ばしで駆けて行った。

あともうちょっとだ!

その時だった。
3階から4階に向かう踊り場に差し掛かった時、目の前に人が現れた。


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「きゃっ!」

それは長月さんだった。
だが、足元ばかり気に取られていた僕は気づくのが遅れ、思いっきりぶつかってしまった。

「あっ!」

慌てて体勢を立て直そうとしたが、僕の上に長月さんが乗っかってきて、完全にバランスが崩れた。


「きゃあぁぁぁっっっ!!!」

「うわあぁぁぁっっっ!!!」

視界が二転三転する。
あろうことか僕らは一緒に階段を転げ落ちてしまった。
床に投げ出され、一瞬意識が飛んだ。



「いててて・・・」

後頭部がズキズキする。
結構強く頭を打ってしまったみたいだ。


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はっ!長月さんは!?

心配になり、体を起こした時、僕は自分の体の異変に気づいた。

あれ・・・?なんで僕が女物の服を着ているんだ・・・!?


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胸はふくらんでいて、腰にはひらひらのミニスカートをはいている。

顔を上げてさらにビックリした。
目の前に自分自身がいたのだ。
そっくりさんとかいうレベルじゃなくて、服も髪型も何もかも同じ人間が。

「えっ・・・わ、私!?」

目の前の僕も僕の姿を見て驚いている。

そういえば今僕が着てる服には見覚えある!
長月さんの物だ!!

僕が長月さんの服を着ていて、目の前の僕が僕のことを"私"と言ってるということは・・・

ま、まさか!!


「「入れ替わってるーー!?」」


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(第一話おわり 第二話につづく)