『憑依警察24時』 その5(完)



俺は杉川を追って幽体離脱し、4階に駆け上がった。
この立体駐車場は4階建て。
もし杉川が上に逃げたとしたらこのフロアしかない。

注意深く左右の車の列を見渡す。
相手も幽体の状態。
どこに隠れているかわからない。


すると、遠くから話し声が聞こえた。
遠くといっても距離にして2、30m。
若い男女の声。
慎重に近づき、曲がり角の壁から顔だけ出して様子をうかがった。

すると、今から帰りなのだろう。
若いカップルが白いワゴン車に向かいながら楽しそうにだべっていた。

男は角刈りで、軽くひげを伸ばしており、シルバーのピアスとペンダントに、だらりとはいたカーゴパンツにスニーカー。
両手をポケットにつっこみ、ヒップポップをやってそうな感じの大柄な男だ。

一方、女はキャバ嬢みたいに髪を盛っており、大きなベルトにジーンズとサンダル。
右手にはストラップのほうが重いんじゃないかと思うぐらいじゃらじゃらとアクセサリーを付けた携帯を持っており、ギャル系の女っぽかった。

二人の奥は行き止まりだった。
ということは…もしや杉川がどちらかに憑依してる!?
どっちが杉川だ!?


いや、そんなことは考えるまでもない。
杉川の好みは20代前後の若い女性。
やつが乗り移るとしたらあっちギャルのほうだろう。

だが、杉川もバカではない。
レストランで一度痛い目に遭ってるから同じミスは犯さないだろう…
ということは男のほうに入ってるのか…
いや、もしかしたらその裏をかいてやっぱり女のほうに…
くそっ!考え出したらキリがない!!


「って、オヤジがマジウザくてさ~」

「マジかよ~」

こっちの気も知らず、立体駐車場にのんきなカップルの声が響き渡る。
男はズボンのポケットから車のキーを取り出した。
まずい!このままではみすみす取り逃がしてしまう!!


こうなったらやるしかない!!
女の体に飛び込み、もし憑依に成功したらすぐに憑依手錠を取り出し、目の前の男の杉川を逮捕すればよい。
もしすでに杉川が女のほうに乗り移っていたら俺の幽体ははじき飛ばされるが、その場合はすぐに男のほうに乗り移り、憑依手錠で目の前の女の杉川を逮捕すればいい。

ガチャ

車のキーの開く音がした。
もう時間がない!
俺は壁の端をすり抜け、女の体に飛び込んだ!!


ビクッ!!

猛スピードで憑依したので体が大きく前後に震えた。
髪と胸の重さがのしかかり、目の前に英字ロゴのTシャツが見えた。

「ってことは、お前が杉川か!!」

俺は背伸びして男の胸ぐらをつかんだ。

「杉川!? 杉川って誰だよ!? ま、まさかお前浮気してんのか!?」

杉川は俺の様子に驚いたクマのように両手を胸まで上げて動揺している。
こいつ…しらばっくれやがって……
俺は憑依手錠を取り出そうとポケットに手をかけた。

「お~~い!!来てくれ~!!」

とその時、下の階から荒木の声がした。
ま、まさかこのカップルは白!?
俺は慌ててギャルの体から抜けて下の階に向かった。


下へ降りると、3階のエレベーター横で幽体の荒木が待っていた。

「どうしたんだ一体!?」

「これを見てくれ!!」

荒木の視線の先を見ると、先ほどと変わらず、柱に寄りかかってゴスロリ少女が気絶していた。

「これがどうしたんだ?」

「OLがいない」

「気がついて帰ったんじゃないか?」

「それにしては早すぎやしないか? 普通一瞬で見知らぬ地にワープしていたらもっと戸惑うもんだろ」

「まさか!!」

俺は手すりから地上を見下ろした。
すると、ハイヒールをカチカチ言わせながらOLが全力疾走していた。

「「やられた!!」」

俺たちの声がハモった。
杉川はこの近くに隠れていたんだ!
そして俺たちが立ち去ったのを見計らってOLの体に乗り移り、エレベーターで地上に逃げたんだ!!


「手間かけさせやがって!!」

荒木がいの一番に飛び出した。
俺もゴスロリ少女に乗り移り、エレベーターのボタンを押した。
早く来い…
こういう時の1秒は何分にも感じられる。

やっと来たエレベーターに駆け込み、夜の街に飛び出した。
すでに荒木の姿は見えなかった。
かろうじてピンク色のOLの制服の杉川の後ろ姿が見えた。
この先は大通りにつながる一本道だ。
大通りに出られるとまた面倒なことになる。


俺は体に残ってるすべての力を振り絞って走った。
だが、全然スピードが出ない。

「はぁはぁ」

走るそばから息が上がる。
足を一歩踏み出すたびにやじろべえのように左右のツインテールが揺れ、重心が定まらない。
さらに汗でマスカラが溶け出し視界が悪く、その上、腰を締め付けるコルセットに、厚底靴。
なんて走りにくい体なんだ…

よく杉川はこの体で逃げ切れたな…
いや、この体は杉川によって全力疾走させられ、気絶させられて、もうボロボロなんだ。
こんなことならさっきのカップルのどちらかに憑依しておけばよかった…


と、俺の視界の左端にふらふらと動く影が入った。
グレーのスーツを着た40代ぐらいのサラリーマンの酔っ払いだった。
千鳥足で俺の進路に入ってきた。

「よう、嬢ちゃん、イキがってるね」

そう言って酔っ払いはヘラヘラ笑っている。
一瞬あっちの体に乗り換えようかと思ったが、あれだけアルコールが入ってると走るどころか歩くのも難しそうなのでやめた。

「邪魔だ!!」

避けようとするも、バスケット選手のように体を動かし進路を妨害してくる。

「ねえ、今からおじさんと遊ばない?はずんどくよ?」

そう言って酔っ払いは首をちょちょんと振る。
くそっ!タコのように赤く厚かましい顔の横から杉川が遠ざかっていくのが見える。

「邪魔だって言ってるだろ!!」

俺は思いっきり酔っ払いの股間を蹴飛ばした。

「いってぇ!!」

酔っ払いは悲痛な叫びを上げて地面に転がった。
男の痛みは俺もわかる。
残念ながら今はついてないが。


「はぁはぁ」

思わぬタイムロスを食らった。
ダメだ… 足に力が入らない…
どんどん杉川の背中が小さくなっていく。
ちくしょう… せっかくここまで追い詰めたのに……


と、その時だった。

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

すざまじい雄叫びと共に背後から地響きがした。
振り返ると、ゼッケンをつけた筋肉隆々のランナーが猛スピードでこっちに向かってきた。
あの目つきは…そうか!荒木か!!

この近くには陸上競技場があり、夜になると社会人ランナーたちが練習をしている。
その一人の体を借りたのだろう。

速い!速い!
ギュッと引き締まった脚に、指をとがらせ、あっという間に俺を追い抜いていった。
俺も最後の力を振り絞って後を追った。


「確保~~!!」

荒木が杉川の背中にダイブした。
杉川は前に倒れ、二人で地面に揉み合いになった。
荒木は右手と左足で杉川を押さえつけながら、必死に憑依手錠を取り出そうとしていた。

「きゃ~!痴漢~!!」

杉川が悲鳴をあげた。
ちっ、どこまでも悪知恵の働くやつだ。
中身は下着ドロとそれを追う警察でも、見た目は帰宅途中のOLに襲い掛かる変質者にしか見えない。
人が来る前に片づけないと!

荒木が一瞬ひるんだ隙に杉川はOLの体から抜け出そうとした。

「させるか!!」

俺はヘッドスライディングで幽体を半身乗り出し、杉川の頭をOLの体に押し戻した。

「今だッ!!」

すかさず荒木がカチャっと憑依手錠を掛けた。
そして根元のスイッチを押した。
スーーッっと杉川の魂が手錠に吸い込まれ、OLは気を失った。
その寝顔はとても安らかで、憑き物が落ちたようだった。



午 後 8 時 46 分 杉 川 雅 人 逮 捕










その後の取調べによると、杉川は大学受験に失敗。
その後、職を転々としたが、いずれも長続きしなかった。
そうして、その日暮らしを続けているうちに、杉川はだんだんある思いを抱くようになってきた。

“美人に生まれればよかったのに…”

テレビの中でも実社会でもちやほやされるのは美人ばかり。
自分はどうしてこんなブサイクな男に生まれてきたのだろうか…
もし美人に生まれてきたら、周りにちやほやされ、好きな服が着られ、ちょっとぐらい悪いことやわがままを言っても許され、就職も有利だったはず…

そんな思いを抱いている時に、たまたまインターネットで憑依系サイトを見つけ、そこに載ってる幽体離脱法に興味をそそられ、試してみたら成功してしまった。
これは方法うんぬんより杉川が先天的に憑依に適した体質だったからだろう。

最初は遊び半分で一人暮らしの女性に乗り移り、部屋を探索したり、かわいい服への着替えを楽しんでいたが、だんだんエスカレートしていき、下着をくすねるようになった。
女性に乗り移ってる間だけは惨めな自分を忘れ、満足感に浸れたらしい。
集めた下着はそんな自己肯定感に包まれた自分もこの世に存在したという証だったらしい。


たしかに杉川の言う通り、最近の世の中はいささか美男美女=善という意識が強すぎると思う。
美しくなれば悩みも何もかもさもすべて解決できるような番組がまかり通っている。
通販番組も雑誌も美容やダイエットものばかりで、人々が無意識に「美しくなけばならない、かっこよくなければならない」と煽られていると思う。

だが、だからといって杉川の行為は許されるものではない。
勝手に体を使われ下着ドロに加担させられた女性たちは、乗り移られている時の記憶はないものの、やはり気持ちいいものではないだろう。
おそらく杉川はなりたい自分となれる自分の一線を越えてしまったのだと思う。


これから杉川は収監されることになるだろう。
そこで憑依手錠と同じ効果を持つリングを首と両手首につけられたまま規則正しい生活を送り、食事には特殊な薬が混ぜられる。
この薬は即効性はないが、毎日口にしているうちに徐々に憑依能力が失われていく。

いずれ彼が自分の人生と真正面から向き合い、自分の人生を愛した時、彼の新たな一歩が始まるだろう。
俺はその日が来るのを祈っている――



(『憑依警察24時』 完)

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