短編『入れ替わりサービス』



俺の名前は安井 康和(35)。
三年前に一発奮起して脱サラし、屋台を始めたが、うまく行かず、妻と子供に逃げられてしまった。

時刻は平日の午後2時過ぎ。
俺はアパートの自室でたばこをくゆらせながら窓の外を眺めていた。

「フゥ~」

今日は朝からずっとどんよりした天気で、昼間から電気を点けたくなるほどだった。
「なんとかなるさ」をモットーに生きてきた俺だが、さすがに妻と子供に逃げられたのはこたえた。
とはいえ、考えてもどうにもならず、俺は溜め息混じりの煙を吐いた。


今、俺の手元には1個のポケットティッシュがある。
それにはピンクの紙に黄色の文字で"入れ替わりサービス"と書かれている。
さっきタンスを整理している時、スーツのポケットから落ちてきた物だ。

これは俺がリーマンだった頃、同僚の本田からもらった物だ。
あいつは去年会社をクビになったが、退職金をはたいてその入れ替わりサービスという店の一番美人を指名し、4日間だけその美人と体を入れ替えて生活したらしい。
そしたら、女の気持ちがわかり、別れかけていた奥さんとも寄りを取り戻し、再就職の視野も広がったそうだ。


「入れ替わりサービスか・・・」

もう一度ポケットティッシュに目を落とす。
本田から話は聞いているが、いまいち信じられん。
人間の中身が入れ替わるだなんてSF小説でしか聞いたことない。
できれば本田のやつに電話で聞きたいところだが、携帯を変えたのか半年前から連絡がつかない。

とはいえ、今の俺に現状の打開策があるわけでもなかった。

「とりあえず、ここでじっとしててもしかたないし、行ってみるか」

俺はポケットティッシュの裏に書かれている地図を頼りに店に向かった。



そこは、繁華街から少し離れた、狭い路地に居酒屋やライブハウスがひしめき合っている場所だった。

「ここか・・・」

地図を頼りに、壁中つたが絡まった古びた家と廃墟ビルの間の、地下へと続く階段を降りた。
左右にオレンジ色の照明が並ぶ、急な階段を降りると、左手に板チョコのような茶色いドアがあった。
ドアを開けると、黒と茶色の内装が目に飛び込んできた。
壁には"入れ替わりサービス"と彫り込まれている。

「本当にあったのか・・・」

スピーカーからはジャズが流れ、ちょっとオシャレなバーのような雰囲気だった。
入るとすぐにカウンターがあったが、誰もいなかったので、しばらく店内を見回しながら待った。


「へぇ~」

店の中に不思議なスペースを見つけた。
そこは周りを透明のガラスで覆われた、テレビやらマンガやら暇を潰せそうな物がたくさん置いてある部屋だった。

中にいるのは全員男。
若者もいるが、40~50代のおっさんが多い。
そんな5~6人の男たちが外から丸見えのガラス張りの部屋でくつろいでいる。

黒縁眼鏡を掛けた小太りの、会社の重役でいそうなおっさんは、寝そべりながらファッション雑誌を読んでいる。
ゴボウのようにひょろ長いあごのおっさんは、足を組んで携帯を打っている。
居酒屋にいそうなバーコード頭のおっさんは、少女漫画を読んでいる。
ピアスを付けたチーマー風の男と、チェックのシャツを着たオタクっぽい男が、男同士仲良く肩を並べて韓国ドラマを観ている。
とても不思議な光景。


「あれが本田の言ってた待合いスペースか・・・」

彼・・・いや、彼女たちは体を貸して、返却時間まで待っている女の子たちなのだ。
だから見た目はムサい男でも、中身は正真正銘イマドキの女の子だったりする・・・



「いらっしゃいませ」

そうこうしているうちに、カウンターの奥から店員が出てきた。
痩せ形で背が高く、目は開いてるかどうかわからないほど細い男。

「お待たせして申し訳ありません」

男はそう言ってホテルマンのような丁寧な動作で頭を下げた。
流暢な日本語だが、中国人っぽい訛りを感じた。


「俺、初めてなんだけど」

「初めてのご利用ですね。それではまずこちらにご記入を・・・」

俺は渡された紙に名前と住所と連絡先を書いた。
紹介者の欄にはもちろん本田の名前を書いた。

「ありがとうございます。本日、身分証明書をお持ちでしょうか?」

「免許でいい?」

「はい、それと保険証もお願いいたします」

俺は言われた通りに出した。
男はしばらく身分証を確認していた。


「お待たせいたしました。それでは当店のサービスをご説明させていただきます」

そう言って男は説明し出した。
この店は、本当に本田の言う通り、客が女の子を指名して、指定した時間だけ中身を入れ替えてくれるところらしい。
もちろん美女で時間が長いほど料金は高くなる。

それから入れ替わり中の禁止事項を告げられた。
性行為、自慰行為、自傷行為、犯罪行為、他人に自分の正体を明かすこと・・・など。
まぁ、常識的に考えればわかることばかりだ。
もし万が一、これらを行うと高額の違約金が発生するらしい。
俺はそんなことするつもりはさらさらないので同意書にサインした。


いよいよ入れ替わりたい女の子選びの段階に入った。
だが、カウンターの上のファイルに載っている女の子たちの顔写真を見てもいまいちピンとこない。
最近の女はみんな似たような顔、メイクだからなぁ。

「誰かいい子いる?」

俺はおすすめを聞いた。

「えぇ、さっき戻ってきたばかりの、良い美大生がいますよ」

「じゃあその子でいいや」

「お時間はいかがいたしましょう?」

「とりあえず2時間コースで」

「かしこまりました。それでは女子大生Bランクの2時間コースで・・・本来のところお値段4万円になりますが、今回は初めてのご利用になりますので半額の2万円で結構です」

「へぇ~ ラッキー」

昨日パチンコで勝った金を用意していたが、意外に浮いたな。



「それではこちらへ」

男に案内され、俺は店の奥の個室へと入った。
白い壁と床に、イスが一つポツンと置いてあるだけのシンプルな部屋。

「それでは少々お待ちください」

そう言って男は出て行った。

「松木さん、3番ルームへ」

イスに座って待っていると、外から男の声が聞こえた。
前方のドアののぞき窓から眺めていると、やがて男と、その男に無表情でついていく女子大生の顔が見えた。

あの子と入れ替わるのか・・・

茶髪で細身の、道を歩けばどこにでもいそうな子だった。
顔もスタイルも悪くない。


隣室のドアが開く音がした。
不思議と不安や緊張はなかった。
さっき待合い室でくつろいでいる男になってる女たちを見たせいかもしれない。

それから男がこっちの個室に戻ってきて、俺に補聴器みたいな機械を手渡し、入れ替わりシステムの説明を始めた。
簡単に言うと、この補聴器のような機械は脳波送受信システムで、自分の考えていることを女の子の体に飛ばし、女の子の考えていることを俺の体に飛ばすことで、擬似的な入れ替わりを実現するらしい。

ただし、脳波を飛ばせるのは半径1km以内で、それを越えると自動的に脳波が遮断され、元の体に戻る。
自分で勝手に機械を外した場合も同じことが起きる。
また、この機械にはGPSやカメラ機能も付いていて、不正行為やその兆候が発覚すれば、店のコンピューターからリアルタイムで遮断できるシステムになってるらしい。

なるほど、よく考えられたシステムだ。
これなら体を奪われてよその町にトンズラされる心配もないし、犯罪や性行為も未然に防げる。

俺だって赤の他人に体を貸すのは嫌なのに、年頃の女の子ならなおさらだろう。
だから最初店に入った時は女の子たちが体を貸すのを不思議に思ったが、この完璧なシステムなら安心して体を貸すのもうなづける。
そうなれば、女の子たちにとっては、待合い室で好きなことをして待ってるだけで高額のバイト代が入る割のい仕事になるからな。


男は部屋から出て行き、代わりに天井のスピーカーから男の声が流れた。

「それでは開始いたします」

入れ替わりは一瞬で終わった。
拍子抜けするほど簡単だった。
痛みも何もなかった。
男の指示通りに、耳に機械を入れて座っていたら、男の合図と共に体が入れ替わった。

最初は入れ替わったことに気づかないほどだった。
入れ替わった後の部屋、つまり女の子が入った部屋も、俺が入った部屋と同じ、白い壁と床にイスが置かれてるだけの部屋で、入れ替わった直後の違和感を最小限に抑えられるようになっていたからだ。


「それでは、いってらっしゃいませ」

慣れないヒールにふらつきながら、部屋から出ると、男が丁寧にお辞儀をして俺を出口まで見送ってくれた。
ふと後ろを振り向くと、俺の体が待合い室に入り、キャンパスに向かって絵を描き始めているのが見えた。
美大生って言ってたから学校の課題か何か。
俺の太い指とヤニ臭い口じゃ大変だろう。

階段をのぼり、地上に出た。
正直スカートを履いて外を歩くなんて女装してるみたいで恥ずかしかった。
だが、すれ違う通行人が誰も俺を変な目で見てないことが、俺に本当に入れ替わってることを実感させた。






――それから一時間経った。

女になってやってみたいことはとりあえず一通りやってみた。
女子トイレに入り、女子更衣室に入り、女湯に入ってきた。
だが、思ったより高揚感や興奮はなかった。
自分の体が女になってるかもしれない。

女湯から出た俺は、傘をさしながら雨の町を歩いていた。
あと、一時間どう過ごそうかなぁ。

「リニューアルオープンです!よろしくお願いします!!」

道を歩いていると、きれいなお姉さんからチラシを渡された。
チラシには「女性専用フィットネスクラブ、駅前にリニューアルオープン!女性会員だけの安心・快適な環境!」と書かれていた。
こんなもの俺がもらってもなぁ・・・
後ろを振り返るとお姉さんは男の通行人には見向きもせず、女の、特に俺みたいに若い女の子を狙ってチラシを配っていた。


女になってわかったことといえば、人間というのは男か女かで物事を半分しか見てないということだ。
女になったことで、今まで自分とまったく縁のなかった、アパレルショップ、コスメショップ、ランジェリーショップなどが、急に自分に関係ある物として認識された。
他にも男の時だったら「映画 レディースデー」までしか見ていなかったポスターが、女になったら「映画 レディースデー 1000円」と、値段まで見るようになった。

逆に男に関する物に興味がなくなった。
セクシーなお姉さんが載ってるポスターを見ても、「きれい」だとは思うが、それ以上の感情は起こらなかった。
そういえばここ2時間ぐらいたばこを吸ってない。
普段の俺なら我慢できないとこだが、今は至って平気だった。



歩きながらふと鼻に当てると、鼻クソが詰まってることに気づいた。
小指を入れてほじってみる。

「結構たまってるなぁ」


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「おい、あの子見ろよ」

「まだ若くてきれいなのに・・・」

すれ違う通行人が何か言っていた。



そのまま、何をしようか考えながら歩いてると、路地横から小さな子供が飛び出してきた。
見覚えある緑色のTシャツに、クリクリ頭。

康太じゃないか。

見間違うはずはない、それは息子の康太だった。
雨靴をピチャピチャ鳴らしてはしゃぎながら、あいかわらず大好きなアンパン仮面の人形を掲げて「ブーーン」とやってる。

「よっ、康太。元気にしてたか」

俺は近寄って康太の頭をなでた。
康太は俺を見上げ、キョトンとしている。

「なんだよ、もう父ちゃんの顔を忘れたか?」

「あの~ どちら様でしょうか?」

すると、路地横から女が顔を出した。
それは別居中の妻の雪江だった。
その時、自分が今女なのを思い出した。
雪江は不思議そうな表情で俺を見ている。
自分が妻より若くて美人というのも変な気分だ。


「か、かわいいお子さんですね・・・」

康太の頭をなでながら笑顔を作り、慌てて取り繕った。
久しぶりに見た雪江の顔はいつもより白く、やや頬こけているように見えた。

「小学生ですか?」

何言ってるんでい。
康太が小一なのは知ってる。
何せ入学式には俺もついていったんだからな。

「えぇ」

と雪江は答えた。
声にどこか温かさがこもっていた。
雪江に他人行儀にされるのは何十年ぶりだろう。
ふと、出逢った頃のことを思い出した。

俺が就職して間もない頃、流行り風邪をこじらせてしまい、その時病院で親身になってくれたのが、ナースだった雪江だったんだよなぁ。
当時の雪江はきれいだった。
対外的にはどうか知らないが、少なくとも今の俺に負けず劣らないぐらいきれいだった。
あの頃は貧しかったけど、楽しかったなぁ。

それから結婚して康太が生まれて、なんだかんだ言って雪江とは十年以上の付き合いになる。
一緒に旅行に行ったり、食事したり・・・つらい時はお互い励ましあったり・・・
雪江は夢にも思わないだろうが、目の前にいる俺はお前を抱いたこともあるんだ。
そう思うと、レズプレイのような光景が頭に浮かび、慌てて打ち消した。


「お姉ちゃんもアンパン仮面好き?」

「あぁ・・・じゃなくて、えぇ、好きよ」

俺は康太から人形を奪って、「ブーーン、エイッ、アンパンビームだ!」といつもの通りやってみせた。

「キャハハハ!!」

康太の笑顔がはじける。
なんだか和やかな気持ちになった。
胸の奥からジワッと温かくなるような・・・

なんだかんだ言っても、こいつは俺の血を引いた子供なんだよなぁ。
だから離ればなれでも、元気でこうして笑っていてくれればいい・・・
俺はもう一度康太の頭をなでた。


「お姉ちゃん、お父ちゃんみたい!!」

一瞬ハッとなった。

「こらこら、何言ってるの。すいませんねぇ」

雪江が俺に頭を下げる。
わかるのか・・・?
康太には俺だとわかるのか!?

「そんなこと言ったら失礼でしょ」

「だってほんとうにお父ちゃんみたいだもーん!」

康太の頭を抑えて謝らせる雪江に、口をとがらせる康太。

「それでは」

雪江はにこやかに会釈して康太の手を引いて歩きだした。

「バイバーイ!またね~!!」

後ろを振り返り、俺に手を振る康太。
俺も胸の横で手を振り返す。
雨の中、二人はどんどん遠ざかっていく・・・

俺はもうあの輪の中に入れないのか・・・?
でも、康太は気づいてくれた。
二人の姿がどんどん小さくなり、もうすぐ視界から消える。

俺はこのままでいいのか・・・?
俺は・・・ 俺は・・・





気がつくと俺は、傘を投げ出して走り出していた。
雨の中を全速力で駆け抜ける。
通行人がみんな俺を見ていたが、気にならなかった。

早く!一歩でも早く!

階段を降り、バンッと店のドアを開けた。

「今すぐ元に戻してくれ!!」

店員は俺を見ながら目をパチクリさせていた。

「早く!!」

「え、えぇ、それは構わないですけれど、あと30分以上残っていますが、よろしいのですか?」

「構わない!!」


それから入れ替わった時と逆の手順で、無事元の体に戻った。
違約金は取られなかったが、クリーニング代と傘代はバッチリ取られた。





――それから三ヶ月経ち、今俺は小さな会社で働いている。
待遇はあまり良いとは言えないが、何もしないより小さなことからコツコツとやり直そうと思っている。

あれ以来、入れ替わりサービスのドアを叩くことはなかった。
もう俺には必要ないからだ。

本田に電話で感謝を伝えようとしたが、あいかわらずつながらなかった。


今の俺はまだダメな男かもしれない。
でも、努力して、いつか胸を張ってもう一度二人に会いたい。
今度こそ、自分の体で・・・・・・



(短編『入れ替わりサービス』おしまい)


コメント

No title

意外にも良いお話だったんでちょっと驚きました。でもこういうお話キライじゃないですね。
タイトルの「入れ替わりサービス」ですがシリーズ化すると面白いかもしれません。他の客はどんなことのために利用するのかちょっと気になります。

No title

>名無しさん
どうも感想ありがとうございますm(_ _)m

そうですね。
いつも主人公がやりたい放題の話を書くことが多いので、今回の終わりには自分でも驚いています(苦笑)

なるほど、シリーズ化ですか。
一応、この作品に出てくる同僚の本田というのは、僕の書いた短編『喫茶店』(このブログのカテゴリー「入れ替わり」から飛べます)の主人公だったりします。
そういう意味では二つの作品はつながっています。

他の客の話も機会があったら書いてみたいです。
おそらく多くは自分の快楽のためだと思いますが(苦笑)

感想励みになりましたm(_ _)m
あ、これ、名無しさんに差し上げます(女子大生Aコースの半日無料券)

泣ける話ですねー
私だったらエロ方向にしか頭が働かないと思います(笑)

No title

>暇人さん
どうもコメントありがとうございますm(_ _)m

今回の主人公は元々TS願望があったわけじゃなかったので、こうなったのかもしれません(苦笑)
TS願望のある主人公だったら絶対、自分のスカートめくったり、胸を揉んでいたと思います(苦笑)

感想励みになりましたm(_ _)m
またのお越しをお待ちしております(^_^)
あ、これ、暇人さんに差し上げます(OL/Aコースの半日無料券)
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