『入れ替わった僕らの物語』 第二話




第二話 「帰宅」




レポートは無事提出できた。
幸い教授が不在で、ドアに「提出物は下のポストへ」と書かれていたので時間を気にする必要はなかった。

だが、今の僕にとってはそんなことはもう小さなことだった。
ま、まさか一緒に階段から落ちたショックで、長月さんと心が入れ替わってしまうなんて~!!


大学一階のラウンジ。
大きな窓に映る外は陽が沈み、すでに漆黒に近い。
昼間はにぎやかなラウンジも、放課後になると時折サークルの連中が通り過ぎるぐらいだった。


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僕はそこで頭を抱えていた。
隣にはもじもじした自分が座っている。
自分を第三者視点で見るなんて奇妙な感覚だ。

まさかこんなことになるなんて・・・
ドラマや漫画じゃ入れ替わる展開なんてよくあるけど、まさか現実で起きるなんて・・・
しかも憧れの長月さんと・・・

あの後、二人で頭をぶつけたりいろいろやってみた。
僕はもう一度階段から落ちてみようと提案したが、長月さんは同意しなかった。
僕もまたあんな痛い思いするのは嫌だったので受け入れた。

とりあえず詳しい原因がわかるまではお互いにお互いを演じようということになった。


「あの~」

一体どうやったら元に戻ることができるんだ・・・

「あの~」

これからどうすればいいんだ~!!

「あの~!!」

「わっ!」

隣から大きな声がして僕は我に返った。
横を見ると、僕の姿をした長月さんが頬を染めながら唇をとがらせていた。


「股を閉じてもらえませんか?」

長月さんは強い口調で言った。

「へっ?」

不思議に思って自分の股を見下ろすと、女の子にあるまじき角度で足が開いていた。

「あっ、ご、ごめん!!」


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僕は慌てて股を閉じて姿勢を正した。

長月さんとはお近づきになりたいと思ってたけど、まさかこんな形でしゃべることになるとはなぁ~
うれしいような悲しいような複雑な気分だ。
だけど、きっと長月さんは僕以上にショックを受けているだろう。


当面の問題は今夜どうするかだった。
二人とも一人暮らしならどちらかの部屋に一緒に泊まるという選択肢があったけれど、長月さんは実家暮らしだった。

「うち、門限があるんです」

「えっ、門限?」

僕はポケットから携帯を取り出そうとした。
だが、手は空を切り、代わりにフリルをつかんだ。

「6時20分です」

長月さんが上を見ながら言った。
つられて見上げると、たしかにラウンジの時計は6時20分を指していた。

「8時までには戻らないと・・・」

「なんとか理由をつけて遅らせることはできないの?」

「うち、門限が厳しくて・・・」

長月さんはうつむいてそう言った。
見た目は僕だけど、しぐさにいつもの長月さんの気品を感じた。

「そっかぁ・・・」

頭の中で崩れた積み木を組み立てるように、改めてプランを考える。
幸い、僕と長月さんの電車は同じ方向だった。
長月さんの家はここから四駅20分、僕の家は六駅30分。

まずここから僕のアパートに向かい、僕の部屋を紹介する。
そして、今度は長月さんに案内してもらって長月さんの家に向かう。
そこで別れて、僕は長月さんの家に帰り、長月さんは僕のアパートに帰る。

ほんとは女の子に一人で夜道を帰らせるのは嫌だったけど、門限を守るためにはしかたない。

長月さんにこのプランを話すと、少し考えた後、同意してくれた。





二人で大学を出た。
残暑が終わり、秋の風が吹き始めていた。
この校門をくぐった時は男だったのに出る時は女の子だなんて・・・
体が変わったせいか、感じ方も変わっていた。

ひんやりとした秋風がスカートの中に入り込む。


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ただでさえ他人の前で女装なんて恥ずかしいのに、それを好きな人の前でやらないといけないなんて///
ニーソックスが少しずり下がっているので引き上げたくなったが、隣を歩く長月さんに変な解釈をされたら困るのでやめておいた。


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駅までの道、最初は二人とも無言で重い空気が流れた。
でも、このままじゃいけないと思い、勇気を出して積極的に話しかけた。
お互いになりきるためには、相手のことを知っておかなくきゃならない。
だから家族構成とか家族同士の呼び方とかあらかじめ聞いておいた。

駅に着き、二人で改札を通り、電車に乗った。
乗った瞬間、何人かの乗客の視線を感じた。
そっちのほうを見ると、何人かの男性客が視線をそらした。
こ、こんな体験初めてだ・・・
これから毎日こんな体験をしないといけないのかと思うと、背筋がゾクッとした。


それから電車に揺られ、僕がいつも通う駅に着いた。
僕のアパートはここから商店街を抜け、10分くらい歩いたところにある。

「にぎやかな街ですね・・・」

長月さんが駅前の人通りの多い交差点を見ながら言った。
そう、これから彼女はここに住むことになるんだ・・・

「あっちのドラッグストアは安いよ」

彼女が困るといけないと思い、歩きながらいろいろ商店街のお店を教えてあげた。


やがて、僕のアパートに着いた。
黄土色の壁が特徴の鉄筋二階立てのアパート。
ほんとはもっと家賃が安いとこでもよかったんだけど、親が奮発して借りてくれたのだ。

僕の部屋は1階の中央、102号室だった。
ポケットから鍵を取り出そうとし、またフリルをつかんでしまった。
しかたなく、長月さんに頼んでジーパンのポケットから鍵を出してもらった。

玄関のドアを開けると、ムア~とこもった匂いが漂ってきた。
自分の部屋なのにどこか男臭く感じた。

「ご、ごめんね、汚い部屋で」

「いいえ・・・」

先にパンプスを脱いで入り、電気を点けた。
長月さんも後に続く。
台所、トイレ、風呂、それに6畳の寝るスペースがあるだけの、ほんとシンプル
な部屋。
長月さんはキョロキョロと不思議そうな表情で僕の部屋を見渡している。

「どうしたの?」

「私、男の人の部屋は初めてで・・・」

「あはは・・・そうなんだ」

僕は苦笑いした。
まさかいきなり男の人の部屋に住むことになるなんて夢にも思っていなかっただろう。


なっ・・・!

その時、声をあげそうになった。
ベッドの周りに同人誌がちらかっていたからだ。
実家暮らしの時は毎度隠していたが、一人暮らしでほとんど来客がないとなると、完全に無防備になっていた。

しかもけいおん!の澪、まどマギのほむほむ、超電磁砲の佐天さん、俺妹のあやせたん、喰霊の黄泉、夏のあらし!の小夜子さん・・・
あんなの見つかったら絶対ヤバい!!

「あ、あっちがお風呂だから!!」

「えっ、はい」

長月さんがお風呂を見に行ってる隙に猛ダッシュで同人誌を拾い集め、本棚の裏に隠した。

ふぅ~ 危なかった

戻ってきた長月さんに「自炊はしてないからいざとなったら冷蔵庫にレトルト食品がある」ことを教えてあげた。



続いて、長月さんの家、つまりこれから僕の家になる場所に向かった。
駅を降り、10分ほど歩くと新興住宅が立ち並ぶ住宅街にたどり着いた。

「ここです」

長月さんが立ち止まった先を見ると、二階建ての立派な一軒家があった。
ちゃんと門があって、中には庭があり、車庫には少し高そうな車が泊まっていた。
お金持ちというほどではないが、中流の上のほうだということは一目でわかった。

「じゃあ気をつけてください・・・」

長月さんが心配そうにうつむきながら言った。

「うん。何かあったら携帯に連絡するから」

長月さんはコクりとうなづき、身を縮ませながら去っていった。
途中心配そうに何度もこちらを振り返るので、元気づけようとピースサインをしたら、さらに心配な顔をされた。


やがて夜道の向こうに長月さんの姿が見えなくなった。

よし、ここからは僕一人の勝負だ・・・

胸の前で拳を握り、家を見上げた。
そして意を決してアーチ状の門を押し開け、茶色い玄関のドアを開けて中に入った。

「ただいま~」

初めて入る家に「ただいま」というのはすごく変な感じだ。
中も外観と違わずきれいで、そのままモデルハウスとして使ってもいいぐらいだった。

右手には靴箱があり、その上に家族写真を見つけた。
小さい頃の長月さんが楽しそうに父親に抱っこされていた。
今の物静かな長月さんとは対照的で、意外な過去を見た気がした。

玄関に上がり、左側にリビングへと続く廊下、右側に二階へと続く階段があった。
事前に自室は二階だと聞いていたので、階段に向かった。


「あら、おかえり~ 今日は遅かったのね~~」

3段くらいあがった時、リビングのほうから長月さんのお母さんの声がした。

「うん 今日はお友達とお勉強してたの~~」

僕は適当にそう言った。


改めて階段を上り、二階へ辿り着いた。
三つのドアがあった。
その中の一つに小学校の工作の時間に作ったのだろう、花壇に咲く花をイメージした「ゆり」という名札があった。

僕はそのドアノブに手を掛けた。
この先に長月さんの部屋があると思うと心臓の鼓動が速くなった。
キィと音がし、ドアが開いた。


そこには女の子の部屋が広がっていた。
白とピンクと茶色を基調に、きれいにまとめられていた。
機能性とかわいさのバランスが取れたとても長月さんらしい部屋だと思った。

右手に勉強机と洋服棚。
左手側の端は壁が腰ぐらいの高さの棚みたいになっていて、その上に小さな窓があり、窓の前に布団が敷かれていた。
こういう部屋はベッドのことのほうが多いので、布団派なことにちょっと驚いた。

僕は今、長月さんの部屋にいるんだ・・・

自分の部屋に戻ってきたというより、勝手に上がり込んだ泥棒のような気持ちに
なった。


「ふぅ~」

人目がなくなると、今日の疲れがドッとやってきた。
大学に行って、入れ替わって、人見知りの僕が勇気を出していっぱいしゃべって・・・
はき慣れないパンプスで長時間歩いたのでふくらはぎがパンパンだった。
とりあえず一休みしたかった。
僕の目に布団が入った。

長月さんの布団だ・・・

白いシーツにピンク色の掛け布団、枕元にはクマのぬいぐるみがある。
ぬいぐるみと一緒に寝ているのはちょっと意外だった。
長月さんにも子供っぽいところがあるんだなぁ。
あのクマは僕がピンチになったら人間になって助けてくれるのかな?

窓際に行き、レースのカーテンを開け、外を確認した。
もしかしたら長月さんが引き返して様子をうかがってるかもしれないと思ったが、いなかった。

い、いいよね・・・今は僕の布団なんだから・・・

長月さんが長月さんの布団に寝る。
何ら変なことではない。

「えいっ!」

僕は長月さんの布団にダイブした。


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ほんの15時間ぐらい前まで長月さんがリアルに寝ていた布団が今僕の目の前にある。
甘い女の子の匂いがした。
自分から出ている匂いとは違い、一晩寝かした熟カレーのような深みのある女の子の匂いだった。
髪の毛の毛根の匂いもした。

長月さんは毎日この枕に顔をうずめてるんだ・・・

そう思うとうれしすぎて涙が出そうだった。


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(第二話おわり 第三話につづく)

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